TOP > アトピディアができるまで(開発者の闘病記録)

ここでご紹介する闘病記録は、皆様のこれからのケアにおいて
参考にしていただきたいと考えて掲載を始めました。

私が改善しなかった治療法でも、劇的に改善された方がいらっしゃることも事実ですし、 私と同じ治療法で満足できる結果を得られない方もいらっしゃいます。 同じ治療方法でも、その効果には個人差もあると思いますし様々な判断基準があると思います。 私の症状が悪い時の写真があればいいのですがそのときは精神的 にもかなり追い込まれていて 酷い状態の自分の姿を写真に残すことなどできる状態ではありませんでした。 ご理解頂いた上で、ご一読頂けますようにお願い致します。

アトピディア 開発&相談担当 浄弘貴子

  • 幼少時
  • この頃から、ひざの裏や踝を血がにじむほどかきむしってはかさぶたになり、またかきむしる・・・の繰り返し。皮膚科で処方されるがまま、一般的に使われる専用の塗り薬を間欠的に使い始める。
  • 小学生〜中学生
  • 薬を塗る間隔がだんだん短くなると同時に、処方される濃度も上がってくる。体のどこかが常にムズムズする感じがあったが、皆も同様で自分だけ特別だとは思っていなかった。
  • 高校性〜大学生
  • 一時は比較的、小康状態を維持できるようになった。(薬を常用していたから??)
  • 社会人
  • 環境の変化や残業・ストレス・睡眠不足・・・ 病院では「この薬を塗った後は、必ず手を洗ってから他の皮膚を触ってください」といわれるような 軟膏を塗るに至る(濃度は不明)。そのうちに、痒くて一日中イライラし、日常生活にも支障がではじめる。 知人から進められた東洋医学の病院へ行き”玄米菜食”による治療を開始。生後間もない頃から長年に渡って使用してきた 薬を一切絶つ
  • リバウンド出現
  • 薬を一切中止し、玄米と青汁、お豆腐のみの生活をはじめて間もなく、体中の水分が蒸発したかのような状態になり、 激しい痛みと痒みとの戦いが始まった
  • 肝機能障害
  • 2週間で体重が7kg減少し、顔色が悪くなり近医で血液検査を受ける。結果、肝機能が悪化しており、 即入院となる。 肝機能の数値の上昇スピードが異常に早く、一時は「劇症肝炎」ともいわれた。約1ヶ月の入院で、回復するも肝機能は完全には正常にならなかった。 診断は「薬物性肝炎」と結論付けられたが結局のところは分からない
  • あらゆる民間療法を試す
  • 温泉治療をはじめとする民間療法の情報を全国から集め、最後は宗教にすがるところまでいっていました。 そんなある晩、激しい苦痛とともに、顔は腫れあがり、背中は”真茶色”に変色し激痛との戦いが始まりました。
  • 肌の状態が最悪に
  • 全身に焼けどを負ったかのような激痛・・・体をピクリとでも動かすと皮膚が引き連れて痛みが走り、涙をながしながらただただ”体操座り”をした状態で耐えていた。 皮膚に触れるものは全て痛みの原因となるため、殆ど裸の状態。家族が付きっきりで体にオリーブオイルや水分を塗ってくれた。眠ろうとして、 体を横たえると布団やベッドが皮膚に触れ又激痛。それでもやっと眠りについたと思うと、皮膚が乾燥し激痛で目覚める。殆ど眠ることが出来ない日々を約半年過ごしました。 精神的に疲れ果て、洗面所にカギをかけては一人で泣き、死んでしまったほうが楽になれる・・・なんてことまで考え始めました。
  • 偶然紹介された病院
  • そんな中、知り合いのご主人が他の病気で入院することになった病院が ずっと戦ってきた私の肌」状態の治療で有名なことを知り  私に知らせる前に入院の申込みをしてしまいました。この頃の私は、もう全てのことに諦めてしまっていましたが 「これが最後・・・」という思いで入院を決意しました。
  • 覚悟をきめて出発・・・
  • 入院を4日後に控えたある日、もう首を動かすだけで激痛に襲われるまでになり、見かねた家族が病院へ電話。 院長が「一晩くらい市販薬を塗っても大丈夫だから痛みを軽くしてから今晩すぐ来い!」とおっしゃってくださいました。 私は家族とともに病院へ出発しました
  • 治療開始
  • 院長の診察を受ける。長期にわたる専用の塗り薬の常用で皮膚が薄くなり萎縮等の症状がひどく、通常はシャワーを浴びてから 軟膏処置に入るところ、 私は皮膚の状態が悪くシャワーを浴びずに処置になった。又、肝機能も完治していなかったので点滴も受けました。 軟膏を塗って、全身に包帯をグルグル巻きに。顔面も”お面”をしてからネット包帯をかぶる・・・ まるでオバケのQチャン状態・・・ 結構可愛いと姉に言われましたが・・・。
  • 半年以上ぶりの熟睡
  • その晩、11時から翌8時30分まで一度も目が覚めることなく熟睡。付き添ってくれていた母が、「死んでしまったのでは・・・」と心配になり、 寝ている私の口元に手をやって呼吸を確かめたそうです。それくらい、私が眠る光景は驚きだったようです
  • 退院許可
  • 退院許可がおりて、日常生活における指導を受けました。
  • 退院する時・・・
  • 退院するとき、ある決意をしていました。「石の上にも3年!3年間は病院で受けた食事指導と治療を絶対に完璧に守ってやる!」 あの辛い地獄の日々に戻る恐怖を考えるだけで涙がでてくる・・・そんな精神状態でした。
  • 退院時の指導
  • ここで細かくは掲載しませんが・・・・

    肉を避け、魚介中心の食生活
    睡眠を十分に ストレスをためない
    軟膏は勝手に自己中止しない。

    というのが おおまかなポイントでした
  • 退院後の経過
  • ■食生活
    まず、自分が食べれる食材を中心にレシピをいろいろ考えました。お肉を避ける・・・というと和食しかないように思われがちですが  私はとにかく好きな料理を食べたくて・・・・外で食べれなければ自分で作るしかない!と思い、自分が食べれる食材を使った 「食べたい料理」を創作していきました。同じ病院の患者さんの中には、食事が守れずにいる方がたくさんいらっしゃいましたが それは「食事制限 = 好きなものが食べれない」と感じていたからでしょうか?もちろん食べれないものもありますが、 私の場合、再発するかも知れない恐怖と比べると お肉が食べれないことは比較にならないことでした。一生食べれないと思っている方!! 私は3年間は完璧に守りました!軟膏を殆ど塗らなくてよくなったころからは月に1〜2回はストレス解消のために好きなものを食べるようなりました。

    ■ストレスと睡眠
    とにかく良く眠りました。仕事もかなり不規則だったのを可能な限り改善しました。目的はただひとつ・・・「再発は絶対しない!」という決意のために!

    ■症状と軟膏治療
    私の場合、退院後の薬の塗り方にちょっと特徴がありました。それは症状がよくなって軽い軟膏に変えていくときに「自分の肌をだます」ということでした。 薬の種類をいきなり完全に変えるのではなく、1週間のうち1日だけ軽い軟膏に変えてみて、悪くならなければ1週間のうち2日を軽い軟膏に増やす・・・ という風に徐々に変えていきました。とにかく一度よくなった症状が、薬を軽くすることで少しでも悪くなることが怖かったんです。 軟膏をやめるときもいきなり中止することはありませんでした。こうして約4年目には一番軽い軟膏も殆ど使わなくてよくなっていました。詳細な方法は⇒
  • 大量の水泡
  • 数年間の平穏な日常生活が終わりを迎えてしまいました。突然、手足に大量の水泡を伴う湿疹ができはじめました。 スーパーへ行ってお金を払う時に手を出すこともできないほど、両手はパンパンに腫れあがり 掻きつぶした水泡でジクジクした状態。 手首から先を切り落としてしまいたくなるような痒みと痛みに泣き続け一歩も家から出れない日々が続きました。 水を使うだけで襲われる激しいかゆみに日常生活で手を使うことが殆ど何もできなくなってしまい、 またしても家族に面倒をかけることになってしまいました。
  • 治療方法がないと・・・
  • 今回はどこの病院に行っても何を塗っても改善する気配もなく、原因がわからないから治療方法はないと言われてしまいました。「もう、自分で何とかするしかない・・・」そう考えた私は自宅台所でいろんな原料を取り寄せては何十種類ものクリームを作っては試していきました。
  • 竹酢液!
  • ある健康雑誌で竹炭の特集を偶然読んだときに、「竹酢液」というものがあることをはじめて知りました。 早速、高野山にある竹炭を作っている方に連絡をして竹酢液を購入してクリームを試作・・・・

    これまで全く変化がなかった自覚症状が初めて楽になったのです! そして、既に営業しておりましたネットショップのお客様より同じ症状でご相談を受けた際に差し上げておりましたところ、 あまりにもご希望の方が増えてしまい台所での製造が限界になり、製造委託ができるところを探すこととなりました。
  • 竹酢液では化粧品が作れない・・・
  • 竹酢液を購入していた高野山の方に、どこかご紹介いただけないか伺ってみたところ 、 「竹酢液には発がん性があるタールやホルムアルデヒドなど有害物質が含まれているから竹酢液を使った化粧品の 製造委託はどこも受けてくれませんよ」と、とても残念な結果に。ところが最後に「最近、日本で一社だけ有害物質の除去に 成功し厚生労働省の化粧品製造認可をうけた竹酢液を製造している会社があるらしいですよ」と教えて下さいました。 何ヶ月もの間この竹酢液を探し続け、やっとみつけたのが当時できたばかりの全く新しい竹酢液でした。 どうしても配合したクリームが作りたいと社長さんに懇願した結果、この竹酢液を配合したクリームの製造を受けていただくことができたのです
  • 保湿剤をつくる!
  • 台所で自作していたクリームとレシピを見ていただいて「これを作ってください」とお願いしました。 そして出来た初代商品が「APCクリーム」です。

    「もっと多くの方に効果がある商品をつくるには、どうしたらいいのか」

    化粧品など作ったことなどない素人で、通常必要とされる「化学」の知識など中学生レベル以下・・・。全くわかりません。
  • 開発方針決定!
  • 「それなら、お客様に実際に使っていただいた結果で商品化しよう!

    これが今後の開発方針を決定づけた瞬間でした。以来、試作品を作ってはお客様の80%以上の方に 改善結果がでるまでモニターテストと改良を繰り返すという手法で商品を開発して参りました。

    最初は竹酢液を数%しか配合していなかったクリームですが、今では全成分の20〜40%の竹酢液を配合することに成功し多くの製品をお届けできるようになったのです。